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生分解性プラスチック(生分解性樹脂)の化学物質吸着と生体内脱離

概要

 海洋プラスチック汚染の影響は、船舶航行、漁業、観光など様々な方面に広がっており、プラスチック(樹脂)が微細化したマイクロプラスチックに関連する研究は年々増加しています。マイクロプラスチックの生態リスクとして、環境中の化学物質を吸着したプラスチック(樹脂)を生体が取り込み、化学物質が生体内で脱離することで生体が化学物質に暴露される事例が挙げられます(図1)。この事例について、海洋プラスチック(海洋生分解性樹脂)汚染の解決の一助として市場導入が進んでいるものの、研究例が極めて少ない海洋生分解性プラスチックを対象として、科学的知見の蓄積およびリスクの理解を目的に当社が行っている研究事例をご紹介します。

 

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世界初!「海洋生分解性プラスチック」の分解プロセスを解明 | SHIMADZU TODAY | 島津製作所

 

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島津テクノ 世界初のプロセス解明 生分解プラの海洋分解 | 環境新聞オンライン

 

図1 海洋環境におけるプラスチックへの化学物質吸着と生体内脱離のイメージ

図1 海洋環境におけるプラスチック(樹脂)への化学物質吸着と生体内脱離のイメージ

 

本技術は国際誌(査読付)に受理・公開されました。
 

タイトル

Sorption of Polyaromatic Hydrocarbons on Marine-biodegraded Poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate) and Poly(ε-caprolactone) in Seawater and Subsequent Desorption Under Simulated Intestinal Conditions
海洋生分解PHBH [poly(3‑hydroxybutyrate‑co‑3‑hydroxyhexanoate)]およびPCL [poly(ε-caprolactone)]への多環芳香族炭化水素の吸着と、模擬消化条件下での脱離挙動

Journal of Polymers and the Environment Volume 34 (94), April 2026
https://doi.org/10.1007/s10924-026-03817-3

ハイライト

  • 海水で生分解したPHBHとPCLに対する多環芳香族炭化水素(PAHs)の吸着と、模擬消化条件下での脱離を評価しました。
  • PAHsの吸着係数(プラスチックへの吸着されやすさ)はPHBH、PCL、LDPEで大きく異なりました。
  • 海水での生分解前後の吸着係数の差は、プラスチック種類間の差と比べてごく小さく、生分解は吸着係数の差にほとんど影響しませんでした。
  • どのプラスチックでも、模擬消化液中のPAHs濃度は海水濃度より数倍高くなる可能性があることが確認されました。
  • 以上の結果から、海洋生分解性プラスチックはバージン材と分解途上材で、PAHsの吸着能は大きく変わらず、プラスチックの種類がPAHsの吸着を左右することが示されました。
  • これらの成果は、海洋に流出した生分解性プラスチックが海洋生物の汚染物質曝露に与える影響を定量的に評価するための重要な情報となります。

要約

  海水中で部分的に生分解した生分解性プラスチック(PHBHおよびPCL)と非生分解性プラスチック(LDPE)に対する多環芳香族炭化水素(PAHs:フェナントレン、フルオランテン、ピレン)の吸着挙動と、模擬消化条件下での脱離挙動を評価しました。各材料の吸着係数(log KDis)はPHBHで2.81–3.25、PCLで4.53–5.22、LDPEで4.05–4.47と算出され、プラスチックの種類によってPAHsの吸着しやすさに大きな違いがあることが示されました。一方で、海水での生分解前後のペレット間での吸着係数の差は非常に小さく(PHBH:0.019–0.079、PCL:0.026–0.239)、プラスチック種類間の差(1.64–2.04)に比べてほとんど影響しないことが明らかになりました。さらに、いずれのプラスチックにおいても、模擬消化液中でのPAHs濃度は海水濃度よりも数倍高くなると算出されました。これらの結果は、海洋での生分解だけではPAH吸着能は大きく変わらず、むしろポリマーの種類がPAH吸着を支配することを示し、海洋に流出した生分解性プラスチックが海洋生物の汚染物質曝露に与える影響を定量的に評価するための重要な情報となります。

分析・試験方法

化学物質の吸着/脱離特性を調べる試験材料として次の3つを使用しました。

 ・LDPEのバージン材

 ・PHBHおよびPCLのバージン材

 ・PHBHおよびPCLの分解途上材※
                           (※天然海水で表面を生分解させたもの)
 

 化学物質として、実際に海岸に漂着しているプラスチック(樹脂)片からも検出事例がある多環芳香族炭化水素(Phenanthrene、Fluoranthene、Pyrene)を使用しました。

 試験方法として、吸着および脱離条件での等温試験(図2)を行い、試験平衡時におけるプラスチック(樹脂)および水層の化学物質量を測定しました。添加する化学物質量を変えて複数点のデータを取得し、各試験材料の吸着/脱離特性を考察しました。

図2 超純水による吸着試験と疑似消化液による脱離試験のイメージ


図2 超純水による吸着試験と疑似消化液による脱離試験のイメージ

分析・試験結果

 Phenanthreneの吸着/脱離試験の結果を図3に示します。PHBH、PCLの生分解によってPhenanthreneの吸着/脱離特性に顕著な変化は見られず、この傾向はFluoranthene、Pyreneにおいても同様でした。吸着/脱離特性は、生分解による表面の変化よりも、素材自体の物理化学的な特性に依存することがわかりました。

図3  Phenanthreneの測定結果(V-:バージン材、D-:分解途上材)

図3  Phenanthreneの測定結果(V-:バージン材、D-:分解途上材)

※この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP20008)の結果得られたものです。
 委託業務の公開資料はこちら
 研究評価委員会「海洋生分解性プラスチックの社会実装に向けた技術開発事業」(終了時評価)分科会 | NEDO
 第82回研究評価委員会 | NEDO

関連情報

実績

  • Sorption of Polyaromatic Hydrocarbons on Marine-biodegraded Poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate) and Poly(ε-caprolactone) in Seawater and Subsequent Desorption Under Simulated Intestinal Conditions
    Makoto Yasojima, Chihiro Nouda-Ibushi, Takami Nakao, Ryo Fujita, Erina Fujiwara, Shoto Honda, Takaki 
    Mine, Hiroaki Takemori, and Masao Kunioka 
    Journal of Polymers and the Environment Volume 34 (94), April 2026
    https://doi.org/10.1007/s10924-026-03817-3
    論文の概要(日本語)はこちら
  • 藤田 遼1・苗田 千尋1・綿野 哲寛2・峯 孝樹1・嶽盛 公昭1・八十島 誠1
    1株式会社島津テクノリサーチ、2静岡県環境衛生科学研究所
    :生分解過程におけるPBSAの分解中間物測定~低分子化プロセスの解明に向けて~
    第74回高分子討論会 2025年9月16日~18日
  • 八十島 誠 講演 
    「海洋生分解性プラスチックの分解過程の可視化と環境安全性の評価~素材開発と市場拡大に向けたヒント~」
    第74回高分子討論会フォーカスセッション『サステナブル社会に貢献する分析装置』 2025年9月17日
  • 八十島 誠:生分解性プラスチックの分析・評価の最新事例<質量分析での挑戦> 「日本プラスチック工業連盟誌プラスチックス」29-32, (2025.10)
  • 八十島 誠、苗田 千尋、藤田 遼、中尾 隆美、峯 孝樹、嶽盛 公昭
    :分解性 / 非分解性プラスチックへのPAHsの吸着と胆汁酸への脱離
    第59回日本水環境学会年会 2025年3月17日~19日
  • Measurement of monomers and oligomers (≤20mer) as intermediates using LC–Orbitrap MS from marine biodegradation of poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate) in laboratory
    Makoto Yasojima, Kana Kuroishi-Kawabe, Chihiro Nouda-Ibushi, Ryo Fujita, Takaki Mine, Hiroaki Takemori, Masao Kunioka
    Polymer Degradation and Stability Volume 232, February 2025, 111166
    https://doi.org/10.1016/j.polymdegradstab.2024.111166
    論文の概要(日本語)はこちら
  • 八十島 誠、苗田 千尋、藤田 遼、峯 孝樹、嶽盛 公昭
    :質量分析は海洋生分解性プラスチックの分解を捉えられるか?
    第27回水環境学会シンポジウム 2024年9月11日~13日
  • 八十島 誠、苗田 千尋、藤田 遼、中尾 隆美、峯 孝樹、嶽盛 公昭
    :分解途上の海洋生分解性プラスチックへのPAHの吸着と胆汁酸への脱離
    第27回水環境学会シンポジウム 2024年9月11日~13日
  • 黒石佳奈、苗田千尋、江頭佳奈、峯孝樹、嶽盛公昭、八十島誠
    :海洋生分解性プラスチックの生分解度と分解生成物量の関係
    第26回日本水環境学会シンポジウム 2023年9月20日~22日
  • 黒石佳奈、苗田千尋、江頭佳奈、森岡千香子、峯孝樹、嶽盛公昭、八十島誠
    :生分解度測定法の高度化を目指した海洋生分解性プラスチックの生分解度指標となる分解生成物の探索
    第2回環境化学物質3学会合同大会 2023年5月30日~6月2日
  • 黒石佳奈、苗田千尋、江頭佳奈、森岡千香子、藤原英里奈、峯孝樹、嶽盛公昭、八十島誠
    :質量分析を用いた海洋生分解性プラスチックの分解過程における特性変化に関する研究
    第57回日本水環境学会年会 2023年3月15日~17日
  • 苗田千尋、黒石佳奈、藤原英里奈、江頭佳奈、森岡千香子、嶽盛公昭、八十島誠
    :海洋生分解性プラスチックの分解メカニズムの解明および安全性評価に関する研究
    島津評論、Vol.79[1・2], 39~48(2022)
  • 黒石佳奈、苗田千尋、江頭佳奈、嶽盛公昭、八十島誠
    :生分解メカニズム解明に向けた海洋生分解性プラスチックの分解生成物の定性・定量評価
    第25回日本水環境学会シンポジウム  2022年9月6日~7日
  • 黒石佳奈、苗田千尋、藤原英里奈、森岡千香子、江頭佳奈、嶽盛公昭、八十島誠
    :新たな生分解度測定法の開発を目指した海洋生分解性プラスチックの分解生成物の定量、
    第56回日本水環境学会年会、2022年3月16日~18日
  • 黒石佳奈、森岡千香子、江頭佳奈、嶽盛公昭、八十島誠
    :海洋生分解性プラスチックの分解生成物の定量・前処理条件の検討、
    第24回日本水環境学会シンポジウム、2021年9月14日~15日
  • 江頭佳奈、友野卓哉、嶽盛公昭、八十島誠
    :LC-TOFMSを用いた生分解性プラスチックの分解生成物の探索、
    京都大学環境衛生工学研究会第43回シンポジウム、2021年7月30日~31日
    *優秀ポスター賞受賞

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