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第一話 分析装置に愛情を注ぎましょう

2013年12月17日更新

コラム 教科書に載らない分析の話

第一話 分析装置に愛情を注ぎましょう

金や銀等の貴金属の他に最先端技術に用いられるガリウム、ゲルマニウム、カドミウム、セレン、テルルと云ったレアメタルをたくさん含んだ熱水鉱床が日本近海で相次いで見つかったとの報道で、にわかに金持ちになったような気分に浸ってしまいました。

海水の中に含まれる金の量はどれくらいになるのだろうかと興味津々で調べてみました。
正確な値は定まっていないようですが、0.00000001 ~0.00000002 ppmらしいです。地球上の海水を全部合わせると1~3万トン程度になるとのことです。50億トンもあるだろうと推定された時代もあったようですが、意外と少ないものですね。

同じ海水を測ったのに、昔と今とではこうも値が違っているのは何故でしょう?

その主な要因は分析技術の進歩です。中でも分析機器の発展には目を見張るものがあります。そのお陰で%からppm(百万分の一)まで、今やppb(十億分の一)は言うに及ばずppt(一兆分の一)、ppq(千兆分の一)も論議されています。普通に議論されるppmやppbも良く考えるとかなり高感度であることには違いありません。身の回りに良く見かけるクロマトグラフ、質量分析計、誘導結合プラズマ発光分光装置などもppbレベルを簡単に求めることが出来ます。

ところでこれらの分析装置が言うことをきかなくて困ったことはありませんか?

急に感度が出なくなった、値がばらつく、ピーク形状がおかしくなった等々。
装置が機械的、電気的に故障したならば、メーカのサービスエンジニアを呼んで対応することも出来ますが、装置が正常に動いているだろうと判断された場合は、何らかの解決方法を見つけなければなりません。

さてどうしたものかと悩んでいたとき、昔は先輩から「愛情を注いでいないから装置が言うことをきかなくなるんだ、装置に愛情を注いでいれば解決策が見つかる。」とよく言われたものです。
装置に愛情を注ぐとはどういう意味でしょうか? 

基本的にはお母さんが我が子を見守ったり、農家の方々が田畑の作物の成長に目を配ったりするのと同じだと思います。
お母さんは怪我をしそうな事柄を事前に察知して手を差しのべたり、少しでも鼻をすすりだしたら風邪に掛かってしまったのはないかと心配したりします。
農家の方々は葉や実の成長具合から、水や養分が足りているだろかとか、害虫、疫病に侵されていないだろうかと見回ります。つまり小さな変化を見逃さないということに尽きるのではないでしょうか?
今までのデータと何処が違ってきているのかを手掛かりに、サンプルはどうなのか、試薬の調整はどうだったか、装置の履歴はどうだったかを調べたり、考えたりします。
そんな時に活躍するのがラボノート、いわゆる実験ノートです。

実験日時、装置パラメータ、サンプル名称、サンプルの状態、その他気づいたことをドンドン書き込みます。殴り書きでも良いので、実験の証拠として書き溜めます。
今ではコンピュータ上に装置履歴が記録されているので、それに代行させてしまうこともありますが、ついつい慣れてくると基本動作を疎かにしたり、無意識に事を運んだりしてしまい勝ちになって、後から振り返ることが困難になったりします。
ラボノートの記録の中に解決のヒントが隠されていることもたくさんあります。
あの時この操作を怠ったからいけなかったとか、想像しなかった現象に気がつくとか、楽しませてもらえること請け合いです。育児ノートや農作業日記と同じです。我が子の成長を振り返ってほくそ笑んだり、美味しい野菜が収穫できたと喜んだりされるように使われると嬉しいですが、実験室で一人悦に入っているのは少し気味が悪いかも知れませんね。

分析装置を抱きしめる訳にはいきませんが、それと同じような気持ちで装置に接していただけると、必ずやそれに応えてくれます。
機嫌良く働いてくれて、願った(?)データが出てくるようになります。

今日からお使いの分析装置を単なる機械として扱うのではなく愛おしい我が子のように思っていただけると、データも無味乾燥な数値の羅列ではなく輝きを放った数字に見えてくるかも知れませんね。
ちょっと言い過ぎかも知れませんが、装置開発者はきっとそう願っているに違いありません。